中国の自動車ブランドとして日本の乗用車市場に初めて参入したBYDオート(以下BYD)。日本に投入される車両は全てエンジンを持たない純電動車だ。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏が、当面の主力商品になるとみられるコンパクトBEV「ドルフィン」で4300kmあまりのロードテストを行い、その商品性やストラテジーについて考察した。
>>【写真全19枚】BYD ドルフィン ロングレンジの全貌
2024年4月、俳優の長澤まさみ氏を起用して「ありかも、BYD!」というキャッチフレーズの広告を大々的に打ち出した中国の自動車ブランドBYD。
2023年1月にクロスオーバーSUV「ATTO3」を発売し、中国ブランドとして初めて日本の乗用車市場に参入。同年11月にコンパクトカー「ドルフィン」を追加。さらに今年6月には上級セダン「シール」を投入する計画だという。日本向けモデルは全てBEV(バッテリー式電気自動車)だ。
BYDにとって日本でのビジネスを成功させるのはいばらの道だ。日本はBEVの市場規模が小さく、販売台数を伸ばすこと自体が難しい。中国製品のイメージが低く、高額な耐久消費財を買うことへのユーザーの心理的抵抗が大きい。BYDのブランド認知度が低く、製品そのものの性能や信頼性も未知数。国際社会における中国の立場も微妙――と、アゲンストの風には事欠かない。
その逆風をいかにして突破するか。同じ東アジア組の韓国ヒョンデはオンライン販売を基本とすることで投資額を抑制している。それに対してBYDは各地にディーラーを展開し、ユーザーと直接コミュニケーションするという策を取っている。
販売拠点数は2024年3月時点で51カ所。2025年末までに100カ所という目標の半分は達している。直営ではないのでBYDが丸々投資リスクを負うわけではないが、地場の自動車販売業に未知のブランドを扱ってみようと思わせるだけの好条件を提示しているものとみられる。いかにも中国資本らしい集中投資だ。
だが、肝心なのはBYD車の商品力。故障率や耐久性、サービス品質などについては長年をかけて実績を積んでいく以外に評判を高める方法はないが、その前段階として今売られている商品がショボいというのでは話にならない。一体BYD車はどのような特質を持っているのか。主力商品の「ドルフィン」を4300km余り走らせて徹底的に商品性を見てみた。
レビューの前にドルフィンについて簡単に説明しておこう。Cセグメントコンパクトクラスの5ドアハッチバック乗用車で、ボディーサイズは全長4290mm×全幅1770mm×全高1550mm。
2021年にBYDの新世代BEV専用プラットフォーム「e-Platform3.0」採用第1号車として中国市場に投入されたが、グローバル市場に出すに当たって衝突安全性強化のためにボンネットを延長するなど大幅な整形を受けた。日本向けは立体駐車場ユースを考慮して全高が1550mmに抑制されている。
グレードは2つで、標準型がバッテリー容量44.9kWh、公称航続距離400km、電気モーターの最高出力70kW(95ps)。航続距離延長型「ロングレンジ」がバッテリー容量58.56kWh、公称航続距離476km、電気モーターの最高出力150kW(204ps)。価格は前者が363万円、後者が407万円。
ロードテスト車はロングレンジ。ドライブルートは関東~鹿児島の周遊で総走行距離は4338.4km。本州区間は往路が東海道~瀬戸内ルート、復路が山陰道~中山道ルート。道路のおおまかな比率は市街地2、郊外6、高速2。エアコン常時AUTO。
それではレビューに入っていこう。まずは特徴を列記してみる。
①電気的特性については望外と言うしかない価格性能比の高さ
②車室、荷室は全長4.3m級としては十分以上に広い
③走行性能や快適性については道路のコンディション次第
④ADAS(先進運転支援システム)やテレマティクスについては要熟成
⑤内外装の質感は低価格BEVなり。創意工夫は豊か
ドルフィンのロードテストで最も大きなインパクトを受けたのは、BYDには失礼な物言いだが「ちゃんとしたクルマになっている」という点だった。先進国のレガシーメーカーの製品に及んでいない点は今もいろいろある。が、実用性や快適性は十分に高く、急速充電の受け入れ性や航続性能についてはクラス標準を大幅に超えて長距離型のミッドサイズBEV並みといったサプライズもあった。
筆者がドルフィンのロードテストをやってみようと考えたきっかけは、昨年秋に近所にBYDのディーラーが出来て、その敷地に展示されていたドルフィンのデザインが印象的に感じられたことだった。
一方で、これまで筆者が抱いてきた中国車のイメージは、「低品質・低性能」「リバースエンジニアリング(コピー)」「付加価値要素皆無」だった。2010年に北京モーターショーを取材したころの中国車はモノマネのオンパレード。性能、クオリティーも先進諸国の製品とは比べ物にならないほど低かった。世界的にチャイナクオリティーとバカにされてきたゆえんである。
よって、ドライブをスタートさせた当初は「スペックは立派だが充電の繰り返しに耐えるのか」「シートは長距離ドライブを受け入れる設計になっているのか」「そもそもトラブルなく走ってくれるのか」等々、不安と期待が入り交じった状態だった。
横浜でクルマを受け取り、まずは神奈川の西湘バイパス、箱根新道と、一般道主体で沼津へ。その後は新東名、国道23号線バイパスを経由して三重県の四日市まで走った。
その段階で印象的だったのは、サスペンションがこのクラスとしてはきわめて柔らかいセッティングだったこと。ドルフィンは他のBEVと同様、床下に重いバッテリーを詰め込んでいるため重心が極端に低い。操縦安定性の確保はその資質に任せ、足まわりについては乗り心地に全振りしようという意図によるものと推察された。
その狙いはある面では大当たり、ある面では弱点のもとにもなった。普段の乗り心地は超がつくほどに良好。滑らかな路面はもとより、減速舗装や道路の補修跡の乗り越え時もごくわずかな振動、揺動が発生するだけ。ロードノイズを含めた静粛性の高さとあいまって、凪いだ海面をハーフスロットルで優雅に航行するクルーザーのような乗り心地だった。
それでいて箱根峠のワインディング区間での敏捷性も思ったより悪くなかった。タイヤが205/55R16サイズの低燃費志向モデルでグリップ力が限られていること、前54:後46と前輪駆動車としては頭がやや軽いこと、ショックアブソーバー(サスペンションの動きを制御するパーツ)の減衰力が低いことなどから安定性は低いと予想したが、コーナリング時の踏ん張りはなかなかのもので、不安感はなかった。
では弱点とは何か。それは低重心パッケージングの効能が限定的となる、両輪が同時に伸び縮みするようなうねりが連続する道路での動きだ。
うねりが浅ければ少し揺れが出るなという程度だが、深くなるとピッチング(前後方向の揺れ)をショックアブソーバーが止めきれず、昭和時代の高級車で悪路を走った時のような大げさなバンピングが発生する。普段の乗り心地の良さはドルフィンの大きな特徴のひとつだが、それを少し弱めて前輪のショックアブソーバーの減衰力をもう少し高めてもよかったかもしれない。
満充電で横浜を出てから367.7km地点、三重県四日市の日産ディーラーで最初の充電を行った。バッテリー残は10%。筆者は2021年、総容量62kWhのバッテリーパックを搭載する日産自動車の「リーフe+」でも高速道路の走行距離はドルフィンより短かったものの同区間を走っており、残量7%でまったく同じ充電スポットに辿り着いた。スコア的にはほぼ互角である。
ところが充電では違いが出た。ここに設置されている充電器は最大電流が200アンペアという高性能タイプだったが、30分充電した際の投入電力量は、リーフe+が31.8kWhだったのに対してドルフィンは39.6kWhに達した。
この差の要因はリーフe+がバッテリー熱管理システムを持たず、ドルフィンにはあるということばかりではない。よりバッテリー容量が大きく、冷却システムも持つトヨタ「bZ4X」や日産「アリアB9」の35~36kWhよりも多いのだ。
このような現象が起こった理由はバッテリーパックの定格電圧にある。日本勢のBEVがおおむね350~360ボルトであるのに対し、ドルフィンは390ボルト。充電電圧は430ボルト台と定格より40ボルト以上高かった。
日本の充電器は電流の最大値をベースに性能が決められているため、同じ充電器を使った場合、電圧が高い方が高い出力を得られる。受電電力はアリアやbZ4Xが最大74kWだったのに対し、ドルフィンのピーク値はこの充電器の公称値90kWに近い87kWに達した。
この充電受け入れ性の高さは事前にまったく予想していなかった。だが、まだ充電特性の全てが分かったわけではない。充電を繰り返しているうちにだんだん入りが悪くなる可能性は大いにある――と、この時はまだ完全に信用してはいなかった。
果たしてその後の充電はどうだったか。四日市から242.7km走行地点の兵庫県姫路市で38.2kWh、姫路から269.7kmの広島県廿日市市で38.3kWh、廿日市から296.9kmの福岡県広川町で38.4kWh。その後242.5km走って鹿児島市に到達という具合だった。
最初の39.6kWhは電流値の推移が少し特殊で、鹿児島滞在から関東への復路までいろいろ試してみたものの再現できなかったのだが、30分充電で38kWh台の投入電力量を安定して得られた。
横浜から鹿児島までの中継充電が30分×4回、計120分というのは昨年初冬のヒョンデ「アイオニック5」の150分をしのぐマイベスト。この充電特性はバッテリー技術が進化途上にある現行BEVの中ではかなり秀逸。ドルフィンのリチウムイオン電池は急速充電耐性が高いとされるリン酸鉄型というタイプだが、実際の走行でそれを実感することとなった。間違いなくドルフィンの最大のセールスポイントと言えよう。
走りや電動プラットフォーム以外の部分、ADAS(先進運転支援システム)やカーコミュニケーションシステムも非常に意欲的な作りだったが、それらに関しては熟成不足も目立った。
難点が多かったのはADASである。よく整備された高速道路で運転アシストをオンにして半自動クルーズするときは非常に安定的に作動したが、車線が狭めの自動車専用道路や一般道では車線や先行車の誤判定が非常に多く、アラートとステアリングアシストがしょっちゅうドライブの邪魔をした。
自動ブレーキも完全ではなく、俗に“ファントムブレーキ”と呼ばれる謎のブレーキングが数回発生した。ドルフィンはファームウェアのオンライン更新に対応しており、遠からずアップデートが行われるとのことだが、このあたりはまだまだ経験不足と言える。
内外装の質感は昔の中国車と今の先進国モデルの中間くらいにある。エクステリアの塗装は基本的にはそこそこきれいなフィニッシュを持っている半面、晴れた日に洗車をしたときなど、水玉のシミが残る傾向があった。もちろん磨けば取れるのだが、撥水性はもう少し欲しい。インテリアはハード樹脂部分の感触はプラスチッキーそのもので、低価格BEVなりという感じだった。
だが、悪いことばかりではない。ヴィーガンレザーと称するシートの合成皮革生地はタッチが大変柔らかで、着座すると気持ちが良かった。ロングドライブ時の疲労を左右する体圧分散はこのクラスのトップランナーではないが出来が悪いというわけでもなく、走り続けるのがイヤになるような局面はなかった。
ダッシュボードやドアに張られたトリムが柔らかく、ドルフィンの名にちなんだ海棲生物的な演出がなされている等々の遊びゴコロも随所に見られた。
インターフェースではボイスコマンドの充実が図られているのが特徴。「エアコンを1度下げて」、「サンシェードを開けて」、トンネルが近づいてきたときに「内気循環にして」等々、いろいろな操作を行うことができるのは便利だった。
だが、クルマとの連携が全て図られているわけではなく、走りながらのナビの目的地設定をはじめ「その機能には対応しておりません」と言われることも多々あった。ハードは出来上がっているので、今後の熟成に期待である。
ドルフィンのロードテストの雑感はこんなところ。至らない部分も多々残してはいるし、その中には早急に改善を図るべきものも含まれてはいるが、競合を出し抜く高い急速充電耐性を持つなど、中国車が単なる価格の安さのみを武器にしたバジェットカーという領域からすでに抜け出しつつあることは確かだった。
「安かろう悪かろう」から「安くて見どころがある」のステージへの移行は自動車業界で“下克上”が起きるときの典型的パターン。かつては極東のローカル商品でしかなかった日本車が1970年代に世界で大躍進を遂げたのも、ユーザーからそう見られるだけの商品性を身につけたのがきっかけだった。
中国車はまだ長期品質で定評を得るだけの歴史を踏んでいないだけでなく、さまざまな嫌疑がかけられている。代表例は中国政府がメーカーに対して補助金を出し、不当に安い価格でクルマを販売しているということだ。欧州や米国が中国車の締め出しのネタにしているのはまさにそれである。
だが、ドルフィンに乗ってみた印象に鑑みて、理由はそれだけではないと思う。まともなクルマづくりができるようになってから歴史が浅いだけに「クルマとはそもそもこうあるべき」という固定的な観念が希薄で、それが新鮮さや面白さを醸しているという部分がままあった。
伝統的メーカーのクルマを前時代的に感じさせるような商品性のフレッシュさを持つという点は同じく歴史の浅いテスラに通じるものがある。そんなクルマが大挙して押し寄せるのは、レガシーメーカーにとっては純粋に脅威だろう。何とかして食い止めたいと思うのは無理からぬところだ。
そういう情緒的商品性は抜きにしても、BYDが大衆車クラスのドルフィンに優秀な充電性能を持たせてきたことで、先進国メーカーは難しい対応を迫られることになりそうだ。
まずは日本メーカーだが、ドルフィンと性能面で渡り合うには350~360ボルトというバッテリーの定格電圧を400ボルトくらいにまで増強する必要が出てきた。
ドルフィンはアリアやbZ4X/スバル「ソルテラ」のように最大350アンペアの充電器で最高性能を発揮することはできないが、高性能充電器の主流である最大200アンペア同士で比べると、日本勢が200アンペアで30分完走できたとしてもドルフィンに投入電力量で勝てない。
海外ではすでに800ボルトアーキテクチャーのクルマも増えていることを考えると、日産、トヨタもとりあえず定格電圧を上げるという対応を迫られるだろう。もともとバッテリー電圧が高めで充電器の性能にも余裕がある欧州勢にとっても価格の安いモデルで似たような実効充電受け入れ性を持つモデルが出てきたとなると、もう一段レベルの高い車づくりが求められることに変わりはない。
これまでほとんど輸出されなかったことで実態があまり知られていなかった中国車だが、輸出が始まったことでお話にならなかったほんの十数年前と様相がまるで異なることが明らかになったのは、世界の技術進化を加速させるという観点で非常に意義深いことだと思う。今後、どの陣営からどんなソリューションが出てくるか楽しみなところだ。
【井元康一郎(いもと・こういちろう)】 1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。
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